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1600年代アメリカにおける白人の入植者たちの多くは、非常に敬虔なクリスチャンでした。

彼らの多くは当時本国ではマイノリティとして迫害されていたプロテスタント教派が多く、逆にそれだけに宗教的自由に対しての強い願望を持っていました。また人生の新たな展開となるアメリカへの入植という過酷な将来に対して、それは単なる人生の選択ではなく、それぞれがみんなが「聖書の御言葉」に従った生き方として入植を選んだという連帯感にもつながっていました。

さてそんな心の支えであり、絶対的な道徳観・価値観の土台であったキリスト教ではありますが、白人入植者は黒人奴隷に対して「布教」という形で伝えることはしませんでした。コミュニケーションの要である英語でさえまともに教えようとしなかったのですから、キリスト教を信仰として伝えることなど初期にはほとんどなかったようです。

それではなぜ白人農場主は黒人奴隷に伝道目的以外にキリスト教を教え、独自の信仰を持つ奴隷たちを強要してまで改宗させる必要があったのか?それは道徳概念の統一と管理が必要であったためです。

まず道徳の部分ですが、西洋文化を有する白人クリスチャンと、母なる大地アフリカで暮らしていた人間が主従関係こそあれど同じ場所で行動を共にすると、行動ひとつをとっても意思や目的は大きく異なります。当時の白人にとってアフリカ人の行動の多くは理解しがたいものであり、また理解する気もありませんでした。ですのでまずルールとして白人の善悪の基準となっているキリスト教(聖書)をベースとした道徳を教えることにしました。

ただしあくまで管理目的であったため、そのキリスト教教育は非常に主人である白人に都合の良い形に捻じ曲げられていました。例えば「奴隷」に関しては、「聖書の中には奴隷についての記述があり、それは奴隷制を否定しているわけではない」、「奴隷は主人に忠実に従うことで神に認められ天国に入ることができる」。 こうした解釈を行うことで奴隷たちは自らの運命を受け入れるようになり、従順になるだろうと教会側も奴隷主たちも考えるようになっていったのです。

しかし教会にとっても白人奴隷主にとっても想定外であったことは、自分たちよりも知的レベルがはるかに劣っていると考えていた黒人奴隷が実はそうではなく、聖書の中に書かれている「神の下では誰もが平等である」という信仰の本質の部分を彼らが完全に理解していたということでした。奴隷主も教会も知らないうちに奴隷の間ではキリスト教は守るべきルールではなく、心のよりどころである「信仰」として口伝えで広まっていくことになります。
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こんにちは。Everlasting Joy、S.M.S Gospel Choir代表のBee芦原です。このブログではゴスペルの歴史や聖書のことなどを僕の知識と参考文献からの引用から、わかりやすく解説できたらと思っています。専門家ではないので自己解釈で誤った記述もあると思います。お気づきの方はご指摘いただければ幸いです。

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